英国王室のことは、テレビで報じられる部分だけで、詳しい事情を知らなかった。この映画を通して、初めて知ったことが多く、感心させられることばかりだった。
亡くなっているならともかく、今も現役で活動されている王室や政権の人達の、誰にも知られたくないような内面をさらけ出して、映画にしてしまう、という荒業はイギリスならではだ。
様々なところから圧力がかかったかとは思うが、それを跳ね除けて映画を完成させたのは偉業だと思う。
中でも、現役の人に極限まで近づいた演技をしている、ヘレン・ミレンは最高の演技だった。アカデミー主演女優賞は彼女以外にありえなかっただろう。
ヘレン・ミレンはドラマの中でもエリザベス女王一世を演じたことがあるらしい。女王がはまり役なのだろう。
この映画での一番の感想は、「エリザベス女王の夫は、性格悪い!」ということ。裏と表、テレビの中と現実。
見て損はない映画でした。レンタルで見てほしい作品No.1です。
1997年5月、イギリス総選挙当日。首相候補のトニー・ブレア(マイケル・シーン)が投票所に一番乗りしている頃、王室では女王エリザベス2世(ヘレン・ミレン)が君主でありながら選挙権がない皮肉を嘆いていた。投票してみたいというのが女王の叶わぬ願いだった。翌朝、女王は目覚めとともにブレアが大勝利を収めたことを知る。1997年8月30日深夜、パリの大使館からダイアナが交通事故に遭ったと連絡が入る。ダイアナは集中治療室に運ばれたという。その知らせは、ブレアはもちろん、ロイヤルファミリーにも伝えられた。チャールズ皇太子(アレックス・ジェニングス)は、王室機でパリに向かおうとするが、女王は「王室の浪費と国民から非難される」として王室機の使用を禁止する。そして8月31日、朝5時。ロイヤルファミリーに伝えられたダイアナ死亡の知らせ。女王は、チャールズに将来のイギリス国王となる母親の死体を王室機で連れ戻すことが浪費なのか尋ねられ、しぶしぶ承諾。女王からの公式声明がない中、バッキンガム宮殿は悲しみに暮れる国民が集まり、多くの花が手向けられる。厄介だったダイアナが死んでまで、マスコミの見世物になりたくない女王は、ダイアナの生家の意見を尊重して内輪の葬儀で済ませると言い放つのだった。9月1日、月曜日。バッキンガム宮殿では、ダイアナの葬儀について会合が行われ、6日後の日曜日に国葬を行う方向で話が固まった。女王は、派手な内容に呆れるとともに、アトラクションのような国葬を本当にイギリス国民が望んでいるのか疑問に思い、国民の考えていることが理解できないでいた。9月3日、水曜日。マスコミは自分たちの責任の追及をかわすため、新聞の記事では王室のバッシングがエスカレート。国民の思わぬ反応に一番動揺しているのは女王自身だった。女王には、これ以上避けることのできない問題への決断が迫っていた……。
『クィーン』(原題: The Queen)は、2006年のイギリス映画。ダイアナ元皇太子妃の事故死の最中にある当時のイギリス王室の舞台裏といえるものを描いた作品である。監督はスティーヴン・フリアーズ、主演はヘレン・ミレン。エリザベス2世を演じ、ヴェネツィア国際映画祭の女優賞を受賞するなどの高い評価を得ている。共演にトニー・ブレアを演じたマイケル・シーンなど。ちなみにシーンは、フリアーズ監督の過去のテレビ作品でもブレア首相を演じている。またヘレン・ミレンもこの映画に先立ち、テレビミニシリーズ『エリザベス1世 愛と陰謀の王宮 』でエリザベス1世も演じている。
今作は第63回ヴェネツィア国際映画祭に出品され、プレミア上映された。エリザベス2世を演じたヘレン・ミレンと本作品は高い評価を受け、女優賞と脚本賞を受賞する。上映後、15分間のスタンディング・オベーションを受け、最高賞にあたる金獅子賞でも最有力作品とも言われた。
全米で公開された際も批評家から熱狂的な支持を得たほか、第79回アカデミー賞では作品賞、監督賞、脚本賞、主演女優賞、衣装デザイン賞、作曲賞の合計7部門にノミネートされ、最終的には主演女優賞を受賞する。エリザベス女王とブレア首相はこの受賞を祝した。
キャッチコピーは「全世界が涙したその日、ただ一人、涙を見せなかった人がいた」。
1997年5月、総選挙で労働党が勝利し、トニー・ブレアが首相に就任する。首相就任の承認を得るため、エリザベス2世のもとにブレア夫妻が謁見に訪れるが、憲法や伝統の大改革を主張してきたブレアと、リベラルなシェリー夫人のぞんざいな態度に、エリザベス2世は不安や不快の念を隠すことが出来なかった。
その年の8月31日、ダイアナ元皇太子妃がパリで事故死する。折しもバルモラル城で休養中であったエリザベス2世は、ダイアナについて“既に王室を去った人間”と見なしており、これは国事ではなくプライベートな出来事であるとして何のコメントも発表せず、母を亡くした孫をマスコミや国民の狂騒から守るためにも王太后や夫のエディンバラ公と共に、ロンドンに戻ることなく休養先に留まり続ける。一方、ダイアナの人気に着目したキャンベル補佐官の狙いにより、ブレアはダイアナを「国民のプリンセス」としてその死を悼むコメントを出し、国民の心をつかむ。また、ダイアナの遺体を引き取りにパリに飛んだチャールズ皇太子は、パリでダイアナがいかに敬愛されているかを目の当たりにし、エリザベス2世の態度に疑問を抱き、ブレアに接近する。
エリザベス2世のかたくなな態度にイギリス国民の不満は高まり、王制廃止を要求する声まであがるようになる。王室と国民の間を橋渡ししようとするブレアはエリザベス2世にロンドンに帰還し、ダイアナの死を悼むコメントを発表するよう執拗に求める。ついに、エリザベス2世は世論を鑑み、ロンドンに帰還するが、エリザベス2世の崇高な態度は国民、そして王室に対して冷ややかだったブレアの心をも打つ。
2ヵ月後、国政の報告のためにブレアはエリザベス2世のもとに再び参内するが、両者のわだかまりはすっかり消えており、宮殿の庭には談笑しながら散歩する2人の姿があった。
※当時のニュース映像の引用という形で出演した人
アカデミー主演女優賞( - しゅえんじょゆうしょう、Academy Award for Best Actress)は、アカデミー賞の一部門。最も功績のあった主演女優に贈られる。最年少受賞者はマーリー・マトリン(『愛は静けさの中に』、当時21歳)、最年少候補者はケイシャ・キャッスル=ヒューズ(『クジラの島の少女』、当時13歳)、最年長受賞者・候補者はジェシカ・タンディ(『ドライビング MISS デイジー』、当時80歳)。
最多受賞者は4回のキャサリン・ヘプバーン、これは俳優全体としても最多である。また、主演女優賞を二度受賞したのはルイーゼ・ライナー(初の二年連続受賞)、ベティ・デイビス、オリヴィア・デ・ハヴィランド、ヴィヴィアン・リー、イングリッド・バーグマン(助演女優賞も1度受賞している)、エリザベス・テイラー、グレンダ・ジャクソン、ジェーン・フォンダ、サリー・フィールド、ジョディ・フォスター、ヒラリー・スワンクの11人。
非白人の女優が最初に受賞したのは、第74年(2001年度)のハリー・ベリーである。